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福岡高等裁判所 昭和31年(う)1244号 判決 1956年10月03日

控訴人 被告人 田淵竜人

検察官 西田隆

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人水谷金五郎の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書のとおりであるからこれを引用する。

同論旨第一点は、要するに被害者の死因は心臓麻痺であつて、被告人の暴行との間に因果関係が存しないと主張するのである。

よつて原審で取調べた証拠を検討するに、被害者が血圧も高く心臓が慢性肥大症で、わずかな精神的又は肉体的感動や興奮によつても心臓麻痺の起り得る状態にあつたこと、被害者の死因が心臓麻痺であつたこと、並びに被告人が被害者と口論の末同人を一回殴打し、被害者がこれに応じて喧嘩闘争をしたこと、被害者がその直後死亡したこと等の事実を認むることができる。従つて被告人の右暴行が被害者を興奮せしめ心臓麻痺の誘発原因となつたことは疑を容れないところであり、しかも傷害致死罪における致死の原因たる傷害はそれが唯一の死亡原因たることを要するのではなく、他の原因と相俟つて死の結果を惹起した場合をも含むものと解すべきであるから、たとえ本件被害者が前述の如く心臓慢性肥大症でわずかな興奮等により心臓麻痺を誘発する状態にあつたとしても、それがため被告人の右暴行と被害者の死因との間に因果関係がなかつたとはいえないから、原審が被告人の原判示所為を傷害致死として認定処断したのは正当であつて論旨は理由がない。

論旨第二点量刑不当の主張について、

本件の結果発生は被告人の予期せざるところであつたことは所論のとおりであるが、それゆえに原審は被告人に対し執行猶予の言渡をなしたものであつて、他の情状を参酌してもこれを不当とする理由は認められずこの点の論旨も理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、同法第百八十一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 中園原一 裁判官 尾崎力男)

弁護人水谷金五郎の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認及び擬律の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決は本件被害者の死亡は被告人の暴行による憤激時の興奮のために惹起された心臓麻痺であると認定し被告人を傷害致死罪として問擬している。然し鑑定人医師山崎慶二郎作成の鑑定書の死因の点及同人が証人として証言(記録第一〇三丁・一〇四丁)並に被害者を生前に診断し且死亡診断をした証人医師田中正の証言(記録七九丁乃至八一丁)を綜合判断すると寧ろ被害者の死因は単なる心臓麻痺(既往症の昂進)と解するを相当と信ずる、何故なれば被害者の罹患してゐた心臓疾患は慢性的なものでその病状は本件被告人の与えた刺戟がないとしても発生し得る可能性が充分ある、然らば被告人の所為と被害者の死亡との間には必ずしも因果関係があると言えないから被告人の所為は単純暴行罪を以つて処断するを相当と信ずる、然るに原判決は医学上明らかに認められない因果関係を独自の判断にて相当因果関係あるものと認定し、傷害致死罪として問擬したことは結局事実を誤認し、且つ法律の解釈と適用を誤つたのであるから破棄を免れない。

第二点原判決の量刑は不当である。

一、本件被告人の暴行には同情すべきものがある。即ち本件は被害者の慢性心臓病が偶々衝動のために昂進し突然死の結果を招来したのであるが素より被告人として夢想だも予期しない処であり、従つて悪性のあつての所為でない、(被告人の第六回公判廷の陳述記録一二五、一二六丁)。二、被害者の内縁の妻西川ハルノは被告人と被害者との間の過去に於ける交情を認め被告人が処罰されることを望んでいない、(記録第六五丁裏)。三、前科がない。

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